飛び立った若者たち

飛び立った若者たち

宿り木の木造校舎から飛び立ち、現在、多方面で活躍している若者たちの一部をご紹介

てつじぃ  (新宮市)

Q1 現在の仕事、または活動は?

古民家を活用して、『Youth Library えんがわ』という、小さな図書館をやっています。 子ども・若者を応援する場所として、地元の小学生〜高校生が放課後や休日に来れる図書室&自習室です。
また夜には、熊野古道を訪れる外国人観光客が宿泊にくる「泊まれる図書館」という別の顔も持っています。
最近は、イベントも開催するようになり、子どもから大人まで、地元の人から海外の人まで、さまざまな人が集まってとても面白いですよ。

Youth Library えんがわ

motion-galleryで紹介されました。

Q2 木造校舎での滞在期間は?

木造校舎には、大学生のころに2年間ほど時々通ってきていました。
そして、卒業後に2年弱滞在してお世話になりました。

 

Q3 木造校舎を知ったきっかけは?

『大学生が地域のお手伝いをしながら地域活性化について考える』という企画に参加したのが最初の訪問でした。
木造校舎で活動する人や訪れる人との交流が楽しく、また食べ物の半自給や薪割り&薪ストーブなど自然に根ざした生活に惹かれました。

新宮市会議員を2期務める。 将来新宮市を担うため奮闘中

 

Q4 木造校舎で過ごした時間は現在に影響しているか?

影響していますね。
自分で考えるということ。
人と一緒に過ごすということ。
小さくても実践すること。
世界・時代といった大きな視点からも世の中を見るということ。
自然〜人間が作り出す最先端のモノの間でバランスをとること。
さまざまなことを学んだと思います。
まだ学んだことに気づけていないこともあるかもしれません。

 

Q5 あなたにとって木造校舎とは?

いつでも行ってもいいと思える場所です。
誰かに出会う場所です。
最先端の場所です。

 

 

てっちゃん (新宮市熊野川町)

Q1 現在の仕事、または活動は?

bookcafe kuju 店主
依頼があれば家庭教師も

取り壊される寸前の廃校をカフェにイベントも開催

 

Q2 木造校舎での滞在期間は?

1年ちょっと。
初めて訪ねたのは2006年ごろ。

 

Q3 木造校舎を知ったきっかけは?

学生の頃に、地方をめぐるバスツアーを企画し、その受け入れ先をネットで検索していた。
和歌山県内で若者を受け入れてくれる団体を調べていたところ、たまたまNPO共育学舎を知った。

カフェに併設している本屋

 

Q4 木造校舎で過ごした時間は現在に影響しているか?

木造校舎が当時、週末だけのパン屋カフェを営業していたので、そこでのやり方はとても参考になっています。
その他にも、地域とのかかわり方とか行政との付き合い方は今も勉強させてもらっています。

 

Q5 あなたにとって木造校舎とは?

今も学ぶことの多い場所です。

 

 

りゅうじぃ (福井県)

Q1 現在の仕事、または活動は?

仕事
グラフィックデザイナー、webプログラマー、サーバー管理、パソコン修理メンテナンス コンサルティング、マーケティング、カメラマン、代行購入、書類作成系、IT専門相談員、販路拡大・販促支援専門相談員、農業、登記、選挙総括 (頼まれたら)プール、給食センター etc…

活動
子ども活動系に知識と技術を注ぎ込む!!

 

Q2  木造校舎での滞在期間は?

23歳か24歳くらいから出入りしていた。
滞在期間は、気分で毎年2-3週間ほど。
滞在中は撮影係をしながらずっと子どもらと遊んでた…

 

Q3 木造校舎を知ったきっかけは?

てつじにサマーキャンプのリーダーが足りないから手伝ってほしいと言われたのがきっかけ。
まぁ1回きりかなって思っていたら、子どもらに「来年も絶対来てや」って言われ、
直前になると電話がかかってきたので、毎年行ってた。

 

Q4 木造校舎で過ごした時間は現在に影響しているか?

すごくしてる。
キャンプで会った子たちと今でもやり取りして活動しているし、多くの人と繋がるきっかけになったと思う。
今の経験と知識は意外とここで身についたものも多いかもしれない。

 

Q5 あなたにとって木造校舎とは?

気軽に集まれる空間。
誰かと待ち合わせをしているような感じかな。

 

 

ゆりちゃん(東京都)

Q1 現在の仕事、または活動は?

フリーランス。
ファシリテーター、グラフィックファシリテーターなどをしています。人が自分の源から花を開かせて生きるお手伝い、人と人がより幸せに生きるための知恵を探究することに情熱があります。

 

Q2  木造校舎での滞在期間は?

木造校舎での滞在期間 大学を休学し始めた21歳の頃からごく最近まで、9年間ずっとお世話になっています。
大学生の頃は毎週末通ったこともあるし、1ヶ月住まわしてもらいながら、当時小学生や中学生だった残し隊のみんなとキャンプをしたりもしていました。

 

Q3 木造校舎を知ったきっかけは?

休学し始めた頃、社会に希望を失いかけていた私に、昔からの友人が「お兄ちゃんがなんか面白そうなところに居候しているから一緒に行こう」と声をかけられたのがきっかけ。
よくわからないけど、ワクワクしながら彼女と一緒にバスを乗り継いでたどり着いたのが木造校舎でした。

 

Q4 木造校舎で過ごした時間は現在に影響しているか?

とっても影響しています。
まず、人間は環境に支えられ、寝て、食べていたらそれだけで生きていけるのだという感覚。経験的に得た感覚は大きく、お金だけではない何で自分の保障して生きていくのか、ということを学生の頃に考えるきっかけになりました。
そして、学問が楽しくて楽しくて仕方なくなったこと。
体験に伴って全ての学問のつながりを感じられるようになりました。

休学前は単位を落としたこともあったのに、復学したら全てAプラスだった(笑)
大阪のNPOでバリバリ働いている時には、いつも「木造校舎で暮らしている人がいる」「私にはあの場所がある」と思うだけで勇気が湧きました。
今も、人と一緒に生活をしていく環境にいつも身をおいていること、小さくてもいいから土と離れないで野菜を育てたりしていること、社会の見つめ方、とっても影響しています。
ふと心の中に熊野川が見えることもあります。

 

Q5 あなたにとって木造校舎とは?

ただ人間であれる場所。

 

 

いいちゃん(東京都)

Q1 現在の仕事、または活動は?

テレビ番組のディレクター
教育や美術に関わるコンテンツ、ドキュメンタリー番組などの制作。
仕事以外でも、映像の撮影などをしています。
また、時間があれば山に出かけています。

 

Q2  木造校舎での滞在期間は?

長期滞在はしたことはないのですが、大学生の頃に半年に一度ぐらいの頻度で訪ねてました。
2011年の台風の後も、友人を連れ力仕事の手伝いなどに行きました。

 

Q3 木造校舎を知ったきっかけは?

大学で入ったアウトドアサークルで知り合った並河さんにある夜突然誘われ連れられて行ったのが最初でした。
「これから熊野に行くけど来る?」という電話があって、軽い気持ちで誘いにのりました。
電話があった数時間後には車で下宿に迎えに来てくれて、ドアを開けると初対面の人がさらに二人乗っていました。
皆、並河さんに誘われてやって来た年齢も大学もばらばらな京都の学生で、大学に入ったばかりの自分にはそういう道中は新鮮でした。
熊野のどこに行くのか、熊野に何しに行くのかは何も知らぬままで、道中、行き先のことを尋ねても、「行けばわかる」と煙にまかれるだけだったので、和歌山まで深夜のドライブに身を任せました。
途中、山道で土砂崩れがあって迂回で4時間追加になって、あたりが明るくなった朝の7:00頃、ようやく到着したのが木造校舎でした。
わけもわからぬまま到着した場所には、三枝さんとゆきさんがいて、小麦の来歴や酵母の話を聞きながらパン捏ねをすることに。
それが最初のきっかけでした。

 

Q4 木造校舎で過ごした時間は現在に影響しているか?

あの場所で感じた時間の流れや考え方が自分の中にあるのは、随分大きいと思います。
今、番組づくりという人の目に触れるものづくりをしていますが、それがあの場所で見せても大丈夫なものだろうかということはよく考えます。
ある意味、食べ物作ることと同じだと思って、畑で作物を育てるような気持ちを思い出しながら番組を作っています。
「まあ、いいか」という気持ちではなく、深く考えた上で何かを作ろうと考えられるようになったと思えます。
また、学生の頃、半年ほど海外をあちこち見て回ったことがあったのですが、そういうことをしようと思えたきっかけも少なからずあった気がします。
おかげで、世の中のものは全てどこかで繋がっているのだという感覚がもてました。

 

Q5 あなたにとって木造校舎とは?

たとえその場にいなくても、何か判断しようとするときに浮かんで来る場所です
離れた場所にいても、あの場所の時間の流れやそこで考えたことが根っこにあることでひとつひとつの判断や選択を客観視できるようになったと思います。